名を藤木信介といった。彼は"神の手"を持っている

私は彼のメスさばきが、また拝めると思っただけでひどく興奮し、
また緊張もしていた。
目の前にいる初老の男――名を藤木信介といった。
彼は"神の手"を持っている。
瞑想でもしているのだろうか。
私は申し訳なく思いつつも、目を閉じている彼に声を掛けた。
「藤木先生、そろそろ時間ですよ」
彼は手袋をしながら「分かった」とだけ声を発すると、
ゆっくりと腰を上げた。

彼が最初に「メス」と一言だけ言うと、あとは黙々と手を動かした。
最初に驚くのは、何といってもその速さだ。
通常行われる速度の二倍、いやもっと速いだろうか。
それでいて、完全無欠のその正確さ。
二度も驚かされる。
もっとも、彼が"神の手"と呼ばれる所以はそこにあるのだが。

私が「お疲れ様です」と言って、彼に目をやると
普段見たことのない汗が頬を伝っていた。
常人には理解出来ないような、かなりの集中力を要するのだなと、
私は勝手に解釈していた。
「藤木先生……私も先生のようになれるでしょうか」
勝手に口が動いていた。
彼は突然の質問に驚くことなく、屈託のない笑顔で答えてくれた。

「ああ、なれるとも。まずはひよこの気持ちを知ることだ」

私は左右の箱の中にいる沢山のひよこを見てから、
彼に笑顔で「はい」と返した。